扉の間-メインドア
扉の間のメインサイトのブログ。更新からつぶやきから愚痴に至るまでの困ったちゃん。
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僕たちの、明日は・・・
どこにつながるのか、どこへつなげたいのか、それを。
さて、お久しぶりです。
深夜をはいかいする猫としては、まだまだ宵の口なのが正直な意見ですが。
今週に関しては、ちょいと早めに休みたいと思います。
0時過ぎたけどさ。
ここしばらく、まあいろいろありまして。
主に精神的。
誰に何を、どう言われようともやる時はやるし、やらない時はやらない猫。
言い訳? しません。
説明? ありません。
と言うより、どこの誰に、どんな風に?
作品? 依頼ありません。
電波? それをねじ伏せるのは、すでにライフワークですもの。
どちらかといえば、押し流されるのも押しつぶすのも、僕の問題です。
だって、食事や排泄や眠るのと同じだけ、死ぬまで続けなければならないのですから。
付き合っていくのに、時には拳を交えるがごとく戦うのも必要でしょう。逆に、延々と続くチェスや囲碁将棋の様に何時間でも何日でも何年でもかかって静かに戦うのも、必要な場合もあるでしょう。
4行削除。
ソレとかアレとか、ソイツとかドイツとか、名称は色々つくでしょう。
どこにでも存在するだろうし、おそらくどこにも存在しない。
生きて、ナメクジより少しは物思いにふけるようになったと科学的に認定されているだけの神経細胞を持っている身の上では、一生はなれる事なんて出来ない。
脳とか。
想像力とか。
感情とか。
そういった言葉で、割り振れる場合もあれば割り振れない場合もある。
何事にも、ある程度は備わっている安全装置が壊れるのが早いか死んでも壊れないか、それだけの差でしかない。
説明を求められても、それを相手に認識できるだけの文字言語での接続がなされなければ世の中の4割の存在は間違いなく納得しない。そのうちの1割でも追及の手を進めれば、まだマシなのかそうでもないのか。
たとえば、そこにあるのが一点対象にのみ口を開かず存在について一切の干渉を行わない存在が娘と言う名であったとしよう。
その原因を気にかけようとも、対象者は「何故そうなったのか」と言う問題に対して「心当たりはありません」としか言わない。ほかに出すべき言語を持たない。
何故なら。
考える事を怖いから、怖いと考える自分自身を無意識で恐れているから。
その瞬間に立ち戻った時、再び過去の己によって傷つきたくないと願っているから。
それは、知っているけれど判らないと言う状態だ。
知識として過去の現象を記憶保存しても、それを過去となった現在の巻き起こす未来へと接続する事が出来ないのはそういうものでしかない。
「そんな理由で」
「そんな事で」
人々が問題を提示された際に、目の前で突きつけられた事実を「そんな」とか「○○なんか」と言う言葉で片付けるのは、それが取るに足らない出来事だと思っているのではなく。己自身が書き換えた過去を粉砕された事による自己防衛に過ぎない。
国なんか変わらない。
宗教も、思想も。
人種も立場だって。
あるのは、対する反応だけ。
壊された防御が、その破片が、己の心臓や目や口や鼻やのどや腕や足や腹や胸や額に突き刺さり、体の反対側に突き抜けていくことを恐れているからに過ぎない。
手を差し伸べたつもりであって、決してそれが何かの救いになどならない事を言い出した本人は誰よりも知っているけれど判りはしない。だからこそ、「何故」なのか「理由」も「原因」も突き止めることは出来ない。
自分自身で拒否しているから。
誰よりも打ち倒し、砕かなくてはならない存在、それがつい今現在自分自身と同化している自分自身などと気がつく存在がいるのだろうか?
瞬間、髪一筋の狂いもなく同調している自分自身を否定できる存在は、すでに自分自身ではない。
だから、人は誰もが己を守ろうとする。
人は、誰よりも自分自身を見る事は出来ないから。
鏡にある姿は、決して自分自身ではない。それは対極にあり反対側であり、すでに違う世界の自分自身だったのかも知れない存在に過ぎない。
預言者は、決して明確な言葉を残すことは出来ない。
明日、預言者の知っている言語で表すことが出来る存在とは限らないから。
新しく生み出された存在の場合、すでに知己言語しかもたない預言者に、そこへ与えられる名前はない。そこに名前を与える事が出来るのは、別の存在に過ぎないから。
そうだろうか?
すべてが違うとは言わない、言えない、判りはしない。
眠りの預言者は、彼とは違う存在が予言を行っていた。だから、すでに彼が預言者なのではない。
今風なら、どこぞのちっちゃくっても名探偵が周囲の存在の声を真似て事件を解決する話だ。
神様がさいころを振らなくても世界は回るし、運命の女神が気まぐれを起こそうと起こさずとも人は生まれて死んでゆく。
そこに意味を、価値を見出して臨むのは、神ではない。少なくとも。僕の知っているのは人だけだ。
僕は、必要だと言われても語ることの出来ない残す事の出来ない事実がある。
どれだけ望んでも、どれだけ願っても、そこに届かないから。
後悔すらもさせてもらえない、そんな過去と。
忘れることが出来ない、忘れてしまったと言う事実だけがこびりついている現実がある。
かなうならば、それを引っ張り出したいと願いたくなる程度には。
けれど、知っている事もある。
してはならぬと、言う事。
もし、誰かが望んでいる事があって。
可能な限り、出来る事があるのならば、成したいと思うけれど。
だけど。
あなたは、そこにいますか?
さて、お久しぶりです。
深夜をはいかいする猫としては、まだまだ宵の口なのが正直な意見ですが。
今週に関しては、ちょいと早めに休みたいと思います。
0時過ぎたけどさ。
ここしばらく、まあいろいろありまして。
主に精神的。
誰に何を、どう言われようともやる時はやるし、やらない時はやらない猫。
言い訳? しません。
説明? ありません。
と言うより、どこの誰に、どんな風に?
作品? 依頼ありません。
電波? それをねじ伏せるのは、すでにライフワークですもの。
どちらかといえば、押し流されるのも押しつぶすのも、僕の問題です。
だって、食事や排泄や眠るのと同じだけ、死ぬまで続けなければならないのですから。
付き合っていくのに、時には拳を交えるがごとく戦うのも必要でしょう。逆に、延々と続くチェスや囲碁将棋の様に何時間でも何日でも何年でもかかって静かに戦うのも、必要な場合もあるでしょう。
4行削除。
ソレとかアレとか、ソイツとかドイツとか、名称は色々つくでしょう。
どこにでも存在するだろうし、おそらくどこにも存在しない。
生きて、ナメクジより少しは物思いにふけるようになったと科学的に認定されているだけの神経細胞を持っている身の上では、一生はなれる事なんて出来ない。
脳とか。
想像力とか。
感情とか。
そういった言葉で、割り振れる場合もあれば割り振れない場合もある。
何事にも、ある程度は備わっている安全装置が壊れるのが早いか死んでも壊れないか、それだけの差でしかない。
説明を求められても、それを相手に認識できるだけの文字言語での接続がなされなければ世の中の4割の存在は間違いなく納得しない。そのうちの1割でも追及の手を進めれば、まだマシなのかそうでもないのか。
たとえば、そこにあるのが一点対象にのみ口を開かず存在について一切の干渉を行わない存在が娘と言う名であったとしよう。
その原因を気にかけようとも、対象者は「何故そうなったのか」と言う問題に対して「心当たりはありません」としか言わない。ほかに出すべき言語を持たない。
何故なら。
考える事を怖いから、怖いと考える自分自身を無意識で恐れているから。
その瞬間に立ち戻った時、再び過去の己によって傷つきたくないと願っているから。
それは、知っているけれど判らないと言う状態だ。
知識として過去の現象を記憶保存しても、それを過去となった現在の巻き起こす未来へと接続する事が出来ないのはそういうものでしかない。
「そんな理由で」
「そんな事で」
人々が問題を提示された際に、目の前で突きつけられた事実を「そんな」とか「○○なんか」と言う言葉で片付けるのは、それが取るに足らない出来事だと思っているのではなく。己自身が書き換えた過去を粉砕された事による自己防衛に過ぎない。
国なんか変わらない。
宗教も、思想も。
人種も立場だって。
あるのは、対する反応だけ。
壊された防御が、その破片が、己の心臓や目や口や鼻やのどや腕や足や腹や胸や額に突き刺さり、体の反対側に突き抜けていくことを恐れているからに過ぎない。
手を差し伸べたつもりであって、決してそれが何かの救いになどならない事を言い出した本人は誰よりも知っているけれど判りはしない。だからこそ、「何故」なのか「理由」も「原因」も突き止めることは出来ない。
自分自身で拒否しているから。
誰よりも打ち倒し、砕かなくてはならない存在、それがつい今現在自分自身と同化している自分自身などと気がつく存在がいるのだろうか?
瞬間、髪一筋の狂いもなく同調している自分自身を否定できる存在は、すでに自分自身ではない。
だから、人は誰もが己を守ろうとする。
人は、誰よりも自分自身を見る事は出来ないから。
鏡にある姿は、決して自分自身ではない。それは対極にあり反対側であり、すでに違う世界の自分自身だったのかも知れない存在に過ぎない。
預言者は、決して明確な言葉を残すことは出来ない。
明日、預言者の知っている言語で表すことが出来る存在とは限らないから。
新しく生み出された存在の場合、すでに知己言語しかもたない預言者に、そこへ与えられる名前はない。そこに名前を与える事が出来るのは、別の存在に過ぎないから。
そうだろうか?
すべてが違うとは言わない、言えない、判りはしない。
眠りの預言者は、彼とは違う存在が予言を行っていた。だから、すでに彼が預言者なのではない。
今風なら、どこぞのちっちゃくっても名探偵が周囲の存在の声を真似て事件を解決する話だ。
神様がさいころを振らなくても世界は回るし、運命の女神が気まぐれを起こそうと起こさずとも人は生まれて死んでゆく。
そこに意味を、価値を見出して臨むのは、神ではない。少なくとも。僕の知っているのは人だけだ。
僕は、必要だと言われても語ることの出来ない残す事の出来ない事実がある。
どれだけ望んでも、どれだけ願っても、そこに届かないから。
後悔すらもさせてもらえない、そんな過去と。
忘れることが出来ない、忘れてしまったと言う事実だけがこびりついている現実がある。
かなうならば、それを引っ張り出したいと願いたくなる程度には。
けれど、知っている事もある。
してはならぬと、言う事。
もし、誰かが望んでいる事があって。
可能な限り、出来る事があるのならば、成したいと思うけれど。
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